書籍・雑誌

2011.12.02

ある日 犬の国から手紙が来て

予想通り、大泣きしながら読みました~
6家族とワンコの物語。そして犬の国へと旅立ったワンコからの手紙・・・。
「泣くな」というほうが無理だなぁ。

みんな犬の国に逝っちゃったのかな。
犬の国には人間も暮らせる?
だったらいいんだけど・・・。
だって、いつかまた逢えると思ってきたから。
いつかまたみんなと逢えるって。

みんなからお手紙が届いたら・・・。
嬉しいだろうな。
どんな内容でも。
みんなの気持ちが知りたくてたまらないから。
私と暮らして幸せだったのか、それとも怒っているのか・・・。

もっともっと一緒にいたかったな。
元気なときに、もっともっと一緒に遊べばよかったな。
本当にそう思うの。
でも、その時には他にも仕事やら遊びやらいろいろあって。
まだまだ大丈夫ってそう思ってたからね。

この本はね、「犬の国 ピタワン」から生まれたんだって。
で、このサイトでワンコの水彩画やワンコからのお手紙が貰えるっていうサービスがあるんだけど・・・。
高いんだ^^;
値段が。

みんなからの声はいつか聞こえるはず。
いつか直接話せるはずだよ。
その日を待ってみよう。

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2009.06.14

ペットの命を守る

今回は本の紹介です。

ペットの命を守る―いまからでも遅くない病魔からこう救え!


本書の「はじめに」から引用したいと思う。

****引用開始*****

この本は、解説書でもハウツウ本でもなく、ルポタージュです。

*************

著者がいろんな分野のプロと呼ばれる方々にインタビューしてまとめてはいるけれど、こうしなさいという文はひとつもない。いろんな意見を聞いて、自分の家族である犬・猫に対してどうしてやるのかを決めるのは一緒に暮らしている飼い主自身なのだ。

本書は4つの章からなる。

第1章 あなたのペットは病んでいる?
ペットは人間と言葉を交わせるわけではない。彼らが何らかの身体の異常を感じたとき、必ず飼い主に対してメッセージを送っているはずである。毎日、共に暮らし、身体を撫でるなどコミュニケーションを取っていれば気づく。
観察力が大事。ただ何となく毎日を暮らすわけではなく、今日はどこか痛めていないだろうか、食欲はあるだろうか、そんなことを考えながら接していくことが大切だと、私は思った。
動物病院に連れて行ったときに、適切に症状を医者に伝えることができるだろうか。これは大切なことである。
どんな病気も早期に発見し、適切に対処すれば、障害は最小限に抑えることができるだろう。
ペットの健康に責任を持つ。ペットを家に迎えようとする人は、是非覚えておいていただきたい。

第2章 一体何を食べさせればいいの?
この章は一番、不安を感じながら読み進めた。ドッグフードの質の悪さ。それは散々言われてきたことである。開封して数ヶ月経っても腐敗することのないドライフード。どれだけの人工保存料が入っているのだろう。
手作りの食事を、といっても、そこまで手をかけられないのが現実だ。今は手作りの食事を通信販売している店もある。しかし、費用がかかる。自分の楽しみを削ってそれをまかなえるのであれば、そうする。しかし、生活までも圧迫させるほどの費用はかけられない。多くの飼い主の方が悩んでいるところであろうと思う。
これから先、ペットフードの安全基準が守られるような体制が整うことを祈るのみである。

第3章 ブリーディングが病気をつくる。
私はペットショップ反対派である。犬や猫に値段をつけることには反対だ。ただそれは、金儲け目当ての悪質なブリーダーがいるからという理由からである。
本書を読んで、ブリーディングがいかに難しいことか、沢山の知識が必要なことか、よくわかった。なのに、ただ金儲けのためだけに、なんの知識も無いくせにブリーディングする人間もいる。それが許せないのだ。
ペットショップの小さな部屋に閉じこめられている犬たちを見ると、切なくなる。人の目にさらされるのもかなりのプレッシャーだ。それに生まれてから3ヶ月くらいまでは母犬や兄弟と一緒にいて、今後生きていくために必要な知識を学ぶ時期なのだ。それなのに、2ヶ月足らずの子犬を販売したりしている。この子たちは上手く犬として生きていけるのだろうか...。
欧米ではペットショップで犬や猫を買うことはできないそうである。ブリーダーから飼い主として認められて初めて家族を迎えることができるのだ。日本は愛玩動物に対する接し方については、かなりの後進国だ。

第4章 問題行動はペットのSOS
ムダ吠え、咬みつく、トイレを覚えない、そんな問題行動。ただ躾ができていないだけではない場合があると言うことを初めて知った。
犬もうつ病になることがあるらしい。本来ならば母犬や兄弟と一緒にいるべきだった時期に無理矢理引き離された犬。そして、ただ小さな箱の中で人目にさらされた日々を送った犬。心に病を持っても不思議ではないと思う。
正しく犬を観察し、必要ならば獣医師やカウンセラー等に相談すること。誤った認識で悪癖を治そうとすると、さらにひどい結果になることもあるらしいので、注意が必要だ。

今、私は1匹の犬と一緒に暮らしている。この子は老犬で、あと数年を待たずして逝ってしまうだろう。
その後、また動物を迎えることは恐らくないと思う。一緒に暮らして、その子を100%幸せにしてあげる自信がないのだ。これまで天国に見送った犬たちも、本当に私のところにきて幸せだったのだろうかと、今でも気になる。
今から動物を迎えようとしている方々には、いろいろと勉強した上で迎えて欲しいと思う。
この本はそのヒントをたくさん与えてくれるだろう。

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2009.05.01

となりの「愛犬バカ」

となりの「愛犬バカ」
著者:勝俣和悦


今日、ペットショップに行ったとき、レジのそばに本書が積まれていたので、またつい「タイトル買い」をしてしまった。
しかし、この本は有用であったと思う。
著者は若い頃から動物に関わる仕事に就かれていた方である。その中で、様々な犬を見てこられただろうし、様々な飼い主を見てこられただろう。
よくあるイヌの飼い方の本に書かれているような初心者へのアドバイスも、もちろん載っているが、「私はちゃんとした飼い主です。私の可愛い子を不幸になんてしてないわ」とおっしゃる「愛犬バカ」(私はどちらかというと「飼い主バカ」じゃないかと思うのだけれど...。)についても触れられている。

ペットショップで一目惚れして犬を買い(「飼い」ではない)、なんの躾もしないで、手もつけられない暴れん坊になったから、もういりません、という人間も少なくないのではないか。なんて身勝手なんだろう。

逆に、人に愛情を向けられず、犬にばかり目を向けてしまう人が増えているともいう。
ちょっと私にとっては耳が痛い話だが、犬を溺愛してしまうケースだ。
私もダンナには申し訳ないと思っているが、若干、犬中心の生活になってしまっていることは自覚している。
今、私の家族となっている犬が天国へ召されたとき、ペットロス症候群になるであろうことも、容易に想像できる。
しかし、著者には申し訳ないが、私は直せない。
犬がまだ若ければ、躾のし直しや、犬との距離の取り方など、考え直すこともできるだろうが、ウチにいる犬はもう老犬である。15歳くらいだろうか。心臓も悪く、発作を起こせば、いつ死んでしまうかもわからない(こんなことを書くのさえ嫌なのだが...)。今更、辛い思いをさせて、躾しなおすより、今まで通りの対応で、安らかに眠ってくれるまで見送ろうと思っている。

そして、初めて「捨て犬の十戒」というものを知った。
「犬の十戒」は何年も前から知っており、自分のサイトにも拙い訳ではあるが載せている。
「捨て犬の十戒」は、「犬の十戒」よりも、切ない。
いろんなサイトで掲載されているが、こちらにも引用させていただきたい。

***捨て犬の十戒****
1.ボクを迎えてくれたときの事は決して忘れません。
暖かい家族の中で幸せでした。ご主人様との楽しい思い出は決して忘れません。

2.ご主人様が望んでいるようには振る舞えなかったかも知れません。
僕はあまり可愛らしくなかったかも知れません。
でも、ご主人様に喜んでもらいたくて、精一杯頑張ったことだけは本当です。

3.ご主人様がいなくなっても、きっと迎えに来てくれると思って待っています。
側にいられなくなった訳は良くわからないけど...、
僕を嫌いになったからじゃないと自分に言い聞かせています。

4.僕を産んでくれたお母さん、お父さんに、ありがとうって言いたい。
こうして楽しい思い出を宝物にできたのも、命を与えてくれたからです。
生きているから味わえたのです。ありがとう。

5.今は、たくさんの仲間たちと一緒に暮らしています。でもみんな悲しそうです。
僕もなぜか寂しい、物足りない気持ちでいっぱいです。

6.多くの仲間達は、連れて行かれ二度と顔を見ることもない毎日です。
そのときの悲しそうな目を見たことがありますか。

7.一部の仲間達は、たまに新しいご主人様が連れて帰ります。
ご主人様が迎えに来てくれないなら、僕も新しいご主人様に連れて行かれるかもしれない。優しいご主人様だったら嬉しいけど...。

8.僕にはご主人様を選ぶことはできません。
でも僕を迎えてくれるご主人様が、どこかにいるかもしれない。
もしそうなったら、今度はもっともっと気に入られるように頑張ります。

9.ご主人様、早く僕を迎えに来てください。
そして今度こそずっと側に置いてください。それだけが僕の願いです。

10.ご主人様、これだけは覚えておいてください。
僕だって生きているということを。
心だってちゃんとあるということを。
天に召される最後の時まで、ご主人様に尽くしたいと思っていることを。

*************

書いていて、胸が痛む。
動物を擬人化するのも度が過ぎてはいけないが、この十戒に近い感情を犬たちは持っていると思う。

今から犬を、または猫を家族に迎えたいと思われている方、一度、読んでいただきたい本である。反面教師となる飼い主が多く載っている。

愛玩動物と一緒に暮らすということは、その命が尽きるまで責任を負わなければいけない。そのためには自分の時間を削らなければならないこともあるだろう。自分の遊ぶためのお金を削らなければならないこともあるだろう。それを厭うならば、動物と一緒に暮らしてはいけない。その資格がない。

中には、自分を振り返って反省する部分もあったが、大いに勉強になった一冊であった。「捨て犬の十戒」を知っただけでも約800円以上の価値はある。

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2006.08.31

坂東眞砂子の「子猫殺し」

作家・坂東眞砂子が日経新聞に「子猫殺し」というエッセイを書いて、物議を醸している。
『避妊手術をするのも、生まれてきた子猫を崖から落として殺すのも、生を奪っているという意味では同じ。自分の飼い猫に避妊手術をする気にはなれないから、自分は生まれてきた子猫を崖から落として殺してきた』という内容。坂東眞砂子の作品のファンだっただけに、非常にショックだった。これまで、彼女の作品を好んで読んでいたことを激しく後悔している。

避妊手術と生まれてきた命を奪うことを同じだと考える神経は、血の通った人間だとは思えない。避妊手術を受けさせたくないというのであれば、子供を作れない環境に猫を置いてあげればすむ話。避妊手術は飼い主の身勝手だと主張しているそうだけれど、彼女のやっていることは、身勝手どころの話ではない。
また、自分たちが生きるためにはたくさんの命を奪って口にしているし、害虫だって殺しているじゃないかとも主張しているそうだが、それとは次元が違いすぎる。
食べるために他の命を奪うのは、その命を自分の命に還元していることだと思うし、だから、必要以上に殺してはいけない。食べ物を粗末にしてはいけないというのは、他の「生」を犠牲にしているからなのだ。害虫を殺すというのも、自分たちが生活するための仕方のない選択だと思う。私はゴキブリが部屋にいても殺したりはしない。ただ外に追い出すだけである。無駄に殺したくないと思うから、そうする。

彼女の行っていることは、自分がキチンと面倒を見られないがために生まれてしまった「命」を、自分の負担を増やしたくないから、母猫から奪っているだけ。これ以上、残酷なことがある?

2002年夏、うちのラムが子犬を生んだ。シロとの子供で、私たちが気付かないうちに妊娠してたんだ。ラムは身体がちっちゃくて、自力で生むことができず、帝王切開で子犬たちは生まれてきた。そのせいか、ラムには母親としての自覚が芽生えず、育児放棄。代わりに私が眠りもせずに子犬たちの面倒をみたけれど、経験不足で数日も経たないうちに、子犬たちは天国に逝ってしまった。
ラムにも子犬たちにも、どれだけ申し訳ない気持ちでいっぱいになったか...。自分たちの管理不足で、ラムにも子犬たちにも苦しい思いだけをさせてしまった。

母猫に出産という苦しみを与え、子猫には崖から放り投げるという苦しみを与えるということを、故意に行っている彼女は、正気を失っているとしか思えない。自分のやっていることが正しいと本気で思っているなら、狂っている。子供を産む母親は、その後の「子育て」があるからこそ、苦しんで出産という行為を行う。命を途絶えさせないという本能から、そうするんだと思う。苦しみだけを母親に味あわせておいて、その後の命をつなげる権利を奪う、そんな人間性を失った狂った作家の作品は読みたくもないし、この作家の名前を目にしただけで吐き気がするくらいの嫌悪感を覚える。

驚いたのは、その意見に賛同する声が少数ながらもあることである。
影響力のある直木賞作家。そんな彼女の狂った様を世間に晒した日経新聞の責任は重い。そして、彼女と一緒に暮らさざるを得ない犬や猫たちが本当に不幸だと思う。

くだんのエッセイ本文は、こちら。

こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。
 家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、そこに放り投げるのである。タヒチ島の私の住んでいるあたりは、人家はまばらだ。草ぼうぼうの空地や山林が広がり、そこでは野良猫、野良犬、野鼠などの死骸がころころしている。子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。自然に還るだけだ。
 子猫殺しを犯すに至ったのは、いろいろと考えた結果だ。
 私は猫を三匹飼っている。みんな雌だ。雄もいたが、家に居つかず、近所を徘徊して、やがていなくなった。残る三匹は、どれも赤ん坊の頃から育ててきた。当然、成長すると、盛りがついて、子を産む。タヒチでは野良猫はわんさかいる。これは犬も同様だが、血統書付きの犬猫ででもないと、もらってくれるところなんかない。
避妊手術を、まず考えた。しかし、どうも決心がつかない。獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。
 猫は幸せさ、うちの猫には愛情をもって接している。猫もそれに応えてくれる、という人もいるだろう。だが私は、猫が飼い主に甘える根元には、餌をもらえるからということがあると思う。生きるための手段だ。もし猫が言葉を話せるならば、避妊手術なんかされたくない、子を産みたいというだろう。
 飼い猫に避妊手術を施すことは、飼い主の責任だといわれている。しかし、それは飼い主の都合でもある。子猫が野良猫となると、人間の生活環境を害する。だから社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。私は、これに異を唱えるものではない。
 ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。そして、この差の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。
 愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ。獣にとっての「生」とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ。生き延びるために喰うとか、被害を及ぼされるから殺すといった生死に関わることでない限り、人が他の生き物の「生」にちょっかいを出すのは間違っている。人は神ではない。他の生き物の「生」に関して、正しいことなぞできるはずはない。どこかで矛盾や不合理が生じてくる。
 人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない。それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。
 私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。

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2005.01.16

よい獣医さんはどこにいる/坂本徹也

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 よい獣医さんを選ぶには、どうしたらいいか。動物と一緒に暮らしてる方にとっては、とても大きな問題です。大事な家族の命を預けることになるかもしれないわけですから、慎重に選ばなければ。だけど、どうやって選択すればいいのか、何を基準に「良い、悪い」を判断すればいいのか、わかりにくいと思いませんか。そう思っていたときに、この本に出会いました。

 獣医療の現場では、様々な問題が発生しているようです。本当に動物を愛し懸命に努力を重ねていらっしゃる獣医さんがいる一方で、モラルの低下した、いわゆる『儲け主義』に走る獣医も少なくはありません。どうして、このような獣医が存在しうるのでしょうか。

 犬や猫などの小動物を診る獣医さんの歴史というのは、まだ浅いものだそうです。40年前には、ペットの獣医さんは存在しなかった。主に公衆衛生、牛肉や卵などの衛生管理などが獣医さんの使命だったのです。大学におけるカリキュラムも、いまだにこちらが中心であり、小動物の臨床について、あまり学ぶことができないまま、「獣医さん」として世に送り出されている。それでも、卒業してすぐに、どこかの動物病院の助手として勉強することのできる若い獣医さんは、まだいいのでしょう。問題なのは、長い間、畜産関係の仕事に就いていて、定年になったから動物病院でもやるか、という軽い気持ちで開業する獣医さんがいるということ。小動物についての経験も知識も少ないはずなのに、免許さえ持っていれば「獣医」として開業することができるのです。そして、何か問題を起こしたからといって、獣医師免許が取り消されることもない。法律上は、ペットは「モノ」ですから、医療ミスで殺してしまっても器物損壊の罪にしか問われないわけです。恐ろしいことです。

 獣医さんには、いろんな方がいます。儲けは度外視して、動物と飼い主が幸せに暮らせるためにと一生懸命に頑張っていらっしゃる先生もいます。危険だけど安い薬を使い、道具も使い回して、原価を下げ、「うちは治療費が安いですよ」という獣医もいます。安全な薬を使い、1匹1匹に対して充分に誠意を持って治療にあたった結果、他より治療費が高くなってしまう獣医さんもいるでしょう。日々進歩していく医療技術について何の勉強もせず、ただ思いつきで診療し、ミスをミスと認めず威張り散らすだけの獣医もいるようです。
 よい獣医さんはどこにいるのか、それを見つけるには、飼い主がもっと賢くなることが必要なのですね。お医者さんにまかせっきりにするのではなく、自分でも勉強することが必要なのです。獣医さんに積極的に質問をし、情報を得ることができるだけの知識を身につけることです。そして、病気になって慌てて病院を探すのではなく、健康なうちから情報を集めることも大切なこと。

 大切な家族の命を守るのは、獣医さんではありません。いつもそばにいてあげられる飼い主自身なんです。私も2匹の犬を寿命ではなく病気で亡くしました。私自身が賢い飼い主であったならば、今も元気に楽しく暮らせていたでしょう。本当に悔しくて、申し訳なくてなりません。この2匹の死を無駄にしないためにも、賢い飼い主にならなければいけないと思っています。よい飼い主になるために、この本はとても役に立ちます。今の獣医療の問題点について、少しでも知っておくことは、絶対に無駄にはならないはずです。獣医の現場はどんな方向へ向かっているのか、どういうふうに獣医さんと接すればよいのか、そのヒントが得られる1冊です。

 ひとつ、どうしても気になるのは、獣医を育てる現場で、実習の名のもとに故意に傷つけられ、命を落としている動物がいるということ。骨折の実習のために、健康な犬の足をわざと折ってしまう、そんなことが本当に行われているのでしょうか。そんなことをしなければ、学べないものですか。病院へ行けば、実際の治療の現場も見学することができるでしょう。欧米では、イミテーションやコンピュータを用いた実習が行われているそうです。それじゃ駄目なのですか。
 医学の進歩のためには、動物の命を犠牲にすることも必要な時もあるでしょう。ただ、この実習については、無益ではないかと思えて仕方がありませんでした。これは、ただの感傷にしか過ぎないのでしょうか...。

 最後に、本書の冒頭部分に書かれていた言葉を紹介します。


選択を誤らなければ、あと数ヶ月あるいは数年、
飼い主との幸せな日々を過ごせたはずのペットたちの魂に捧ぐ。

 誤った選択のために、不幸な死を迎える動物たちが減りますように...。

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2004.09.08

私の本棚のご紹介

たまに、ここで読み終わった本の感想などを書いたりしているんだけど、それだけじゃ物足りなくて、新しくサイトを立ち上げてしまいました。
まだまだ、完成にはほど遠いものだけど、立ち寄っていただけると嬉しいです(^^)
My Lovely Books
よろしくお願いします。
同時に、こちらのブログに書いていた書籍関係の記事を移動しました。

これでまたメインサイトのリニューアル日が遠くなってしまった...(^^;

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2004.08.17

愛犬のために500万円払えますか?


ka.jpg

今日、注文していた「カバチタレ! 16巻」が届いた。
帯に書かれていた文句が「愛犬のために500万円払えますか?」
近所の悪ガキにいじめられた飼い犬が、恐怖から反撃に出て、その悪ガキに怪我をさせた事件についてのお話。
読み始めてすぐから嫌な予感はしたんだよね。読むのをやめたくなるような、さ。
500万円払えるか、って? 払ったりしないよ。
うちのプー助たちをどうにかするような人たちは、許さない。
どんなことをしてでも、思い知らせてあげる。
お金を渡して、いい思いなんて、絶対させないもんね。

法律上は、犬も猫も「物」なんだってさ。
感情も認められないのかしら。
動物愛護法があるにはあるけれど、それでどれだけ守っていけるんだろうね。
でもね、どんなに立派な法律があったって、肝心なのは人の心なんだよね。ホントは法律なんかで定めることじゃないんじゃないかな、「愛護」心なんてものは。

全ての命に重さを感じていたいな。
たとえ小さな虫でも、無意味には殺したくない。
毎日の食事だって、命を口にしているんだってことは忘れちゃいけないと思う。

...今日も寝付きが悪くなりそうだわ(^^;

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